世界も注目の「食とエネルギー自給」を実践する「霜里農場」

埼玉県小川町の霜里農場は、「食」と「エネルギー」を自給する「未来の農場」。

2019.05.25 尾崎靖(オジャッピー)

尾崎靖(オジャッピー)

サステイナブルなライフスタイルの基本は、「食」と「エネルギー」

埼玉県小川町の霜里農場の金子美登さんは、その未来的な課題を地元の人たちとの協働を通して解決し、集落として最高の栄誉である「天皇杯」を受賞。 天皇陛下ご夫妻も集落の視察に訪れました。海外からの見学者も絶えないという「未来の農場」に、Spiral-Club の Riku とおじゃぴーが訪ねて、これからの生活の指針となる「食とエネルギーの自給」の話を、金子さんに伺いました。

金子美登さんと友子さんに、サステイナブルな霜里農場の取組みについてお伺いしました。
天皇杯の記事は、http://www.maff.go.jp/j/nousin/noukei/binosato/b_
金子美登(かねこよしのり)さん 
1948年埼玉県比企郡小川町生まれの有機農業家(霜里農場代表)・特定非営利活動法人全国有機農業推進協議会前理事長。2015年秋には、有機農業の先駆者として国内外から研修生を受け入れて技術を継承し、集落全体を有機栽培への転換につなげたとして、黄綬褒章を受章。集落全体の「有機の里」への取組みにより、平成 22 年度農林水産祭の「村づくり部門」の天皇杯を受賞。
黒坂陸(くろさか・りく) 
神奈川生まれ、アイデンティティは広めに首都圏。食べる顔はCMに出てくるレベルで幸せそう。チェコでのキャンプをきっかけにヴィーガンになる。「食」に関連する問題に興味深々。大学では市民社会を軸に社会問題について学ぶ。
尾崎 靖(おざき・やすし) 
エディトリアル・ディレクター。小学館在職中に雑誌『美味サライ』『旅サライ』を創刊。『アート オブ シンプルフード』、『鮨 すきやばし次郎』などの食関係の書籍や、高砂淳二氏はじめ多くの自然写真家のビジュアルブックを編集。現在は、写真集や書籍などの編集のほか、写真編集講座の講師も行う。


Riku――初めまして。「スパイラル・クラブ」の Riku です。「スパイラル・クラブ」は、 環境問題やサステイナブルな生活に関心が高いメンバーひとりひとりが、実際 に活動したり発信しているコミュニティです。今日は、金子さんの霜里農場が「食と エネルギーの自給」を実現していて、海外からも注目されているということで、 どうやって金子さんが「食とエネルギーの自給」を実現できたのか、お話を聞かせていただきたくて来ました。

金子――小川町の下里地区には、70 軒の有機農家が住んでいて、小川町の農地の 14%が有機農業です。日本の有機農業の耕作地の平均は 0.5%ですから、小川町は、日本有数の「有機の里」と呼ばれているんです

Riku――どうして小川町はこんなにオーガニック耕地の比率が高いのですか?住人のニーズに合わせて?

金子――もちろん、小川町のオーガニック・カフェで食べられたり、道の駅でも扱われているけれども、やはり、1971年からずっと有機農業を続けてきた中で、 信頼関係を築いてきた人たちや地場産業や地元企業に安定的に提携販売することができたから、次第に生産量が増えて安定していった感じで。

Riku――そういえば、東京都日野市の AEON でも、オーガニック食材を扱っていました。

金子――日本に「有機農業」という言葉が誕生したのは、1971年10月です。私たちが「有機農業の父」とも呼ぶ一楽照雄先生は、当時の無機的農業を大きく有機に変えること、また、漢書に出てくる「天地機あり」を参考に「有機農業」と命名しました。この年から私は有機農業の実践を始めました。その時、私は23歳でしたね。

Riku――僕も今 23 歳ですが、金子さんはその頃からずっと「食とエネルギーの自給」というテーマをやり続けて来たんですか?

霜里農場の近くの川縁には山胡桃の大木があって、気持ちのいい空間。

おじゃぴーーーRiku くんは、どうして金子さんの「食とエネルギーの自給」の話を聞いてみたいと思ったんですか?

Riku――私は環境と食をつなげて考えられる社会がどのようにしたらできるのかなと模索しています。環境について語るときには食が、食について語る時には環境が抜けているように感じる一方、どちらも密接に関連していて、別々に考えることはできない。そのうえで「自給」は自分の食べているものと環境をつなげる一つの方法であると思ったので、お話を聞きたいと思いました。食と環境について、金子さんはどのように考えていますか?

金子ーー私は農林水産省の農業者大学校の1期生なんですか家では3歳のころから乳牛がいて、小学高学年では搾乳もしましたし、搾りたての牛乳を飲んでいました。そのような中で、牛を通して3つの疑問を持ちました。1つは、牛乳の味についてです。端的に言えば、市販される牛乳が旨くないこと。2つめは、牛の耐用年数が短くなり、牛が弱くなったということ。3つめは、本ものを直接消費者に届けることはできないかということでした。この疑問を踏まえて3年間、農業者大学校で、土壌学、栄養学、生物学などの生物学などの農の技術。さらには経営学、社会経済学、そして、哲学や思想なども含めて座学、実習での学びを経験しましたが、これまでの霜里農場のありかたに照らしてみると、その3年間の学びの集大成である「卒業論文」が、私の人生の設計図だったのだと実感しています。

Riku――それから 50 年近く経った今、日本中でオーガニックが注目されている のに、なぜ小川町だけが「有機の里」と呼ばれるぐらいになったんでしょうか?

金子――それは、個人個人の努力が実ったんだと思います。私のところでは、1979年より研修生を預かって、40年間で 150人(丸1年いた人は 100 人)研修生が育っていきました。そして、独立した研修生がさらに研修生を預かり、送り出す。また、就農準備校と呼ばれていますが、お勤めをしながら月に2回、年間24回の有機農業専門コースも4名の有機農家で、年間50名ほど受け入れています。これらを含めて、小川町は「有機の里」と呼ばれるようになったと思います。

<霜里農場のエネルギー&食の自給MAP>

(上図は、「霜里農場 金子さんと地域づくり』より転載)
金子美登さんの奥様、友子さんが収穫しているのは、ササゲ。小豆に似た豆で、赤飯のようにもち米と炊いて使う。収穫は食用及び種取り用。

おじゃぴーーー有機農業を始められてから 50年というと、すごく⻑い時間のよ うに思いますが、日本では、有機農業はどんなふうに広がってきたんですか?

金子――とにかく実践を続けて、土を良くしていったこと、野菜作りの技術が上がり、消費者にちゃんと農産物を届けられるようになった。そうやって、消費者とも信頼関係を築きながら、有機農業でやっていけるという自信をつけてきました。その結果、「提携」の消費者を1971年より10年で30軒増やすことができました。以後、有機農業と地場産業が共に良くなり、内発的に発展する町づくりにも力を入れることができるようになりました。私が有機農業を始めた頃は、農薬の空中散布が全盛の時代でしたが、最初に集落に提案してから12年かけて、中止することができました。最後は村の人たちが、「よしのりちゃんの言うことを聞いてみよう」と言ってくれた。この時から、お米も無農薬で作った、と言える扉が開きました。この年のお米40俵は、小川町に3蔵ある造り酒屋の晴雲酒造で購入していただくことができました。しかも、1kg.600円、1俵では36000円です。これが力になって、「このように支えてくれるなら、俺も有機米づくりをやってみよう」という人が出てきました。ですから、小川町では有機農業支援の魁が、晴雲酒造なのです。

Rikuーーなるほど、地場産業と提携ですね。

金子ーーはい。そして、2001年、有機農業が始まってから30年目に、村が動きました。村で16歳先輩の安藤さんが、当時、下里機械化組合の組合長だったのですが、ずうっと私たちの有機農業を見ていて、「もう、品質も収量も良くなってきた。そして、若い人たちが周りにいて、楽しそうにやっている。さらに、結果的に高く売れている」ということで、「これからは金子さんたちと足並を揃えて有機農業をやっていきたい」と、頭を下げに来てくれたんです。嬉しかったですね。

金子さんが最初に有機無農薬米を収穫して以来、ずっと協力して、純米吟醸「おがわの自然酒」を醸し続けている晴雲酒造の仕込み水。

金子ーーまず最初に、2001年に大豆を有機栽培に転換。2003 年には小麦も有機栽培に転換し、パンやうどん、醤油に加工するようになりましたが、消費者の方も、「安全な食で環境を守る」という私たち の考えに賛同してくれて、「いいものを作っている人たちを応援しよう」と、私たちの大豆や小⻨を買い支えてくれました。2009 年には、さいたま市のリフォー ム会社「OKUTA」の山本拓己社⻑が下里地区の有機米を全量購入して社員に 宅配するという日本発の企業 CSA「こめまめプロジェクト」を始めました。こ の「こめまめプロジェクト」によって、集落の販売農家がすべて有機農業に転換して、全国で初めて、集落全体が「有機の里」が実現したんです。そして、この取組みを評価いただいて、平成 22 年度農林水産祭の「村づくり部門」で天皇杯を受賞して、2014 年、平成天皇・皇后両陛下の行幸啓が実現。小川町にいらして、下里地区を視察されました。

「とうふ工房わたなべ」は小川町の有機大豆で豆腐や豆乳、豆乳ソフトを作っている。http://www.11-12.co.jp

おじゃぴーーーずーっとやって来られて、腹が立つことはありませんでしたか?

金子――腹を立てるより、ムダ、ムリ、ムラをなくして段取りを立てる、小をコ ツコツコツコツ積み重ねる。小を積んで大となす。「積小為大(せきしょういだい)」 と言うんですが、やってることは、生きた土を作るのと同じなんですね。

Riku――移り気な消費者の人たちが離れてしまうことはないんでしょうか?

金子――消費者の方との交流や農業体験を通じて、生産者と消費者の絆を大切 にしてきました。「米作りから酒造りを楽しむ会」は 2004 年から続けています が、自分が収穫したお米で造った酒が家に届くんです。ラベルも子供さんが描い たりしたもので、喜ばれています。その他にも消費者との交流収穫祭もありますし、 有機農業を学びたい人たちが体験的に学べる NPO 法人「霜里学校」では「有機野菜塾」も開いています。田舎のない人でも、有機的農のコミュニティの一員に なれますし、自分が作った野菜を自宅で食べることもできます。

霜里学校の農園は、都会から有機農業を学びにやってくる人たちに開放されている。
「霜里学校」は、http://shimozato.jp

おじゃぴーーー今の日本の自給率は、先進国の中でも最低と聞いていますが。

金子――2011 年の日本の穀物自給率は、28%でした。世界 178 の国・地域の中 で 125 番目です。OECD 加盟国では 34 か国中で 29 番目。私は、農業や農村という「根」がない、工業や都市だけの国は、「切り花国家」だと思っています。 サステイナビリティがないんです。

(上図は、「霜里農場 金子さんと地域づくり』より転載)

Riku――販売に苦労している有機農家の方もいらっしゃいますよね?

金子――そうですね。だから、霜里農場で目指したのは、まず自らが豊かに自給すること。次に生産者の自給の延⻑戦上に消費者の台所の自給があり、そして、 我が町の自給というように考えました。コミュニティ単位で考えると、日本国内で有機農業で自給することは可能だと思います。ただ、そのためには、消費者や提携企業の方が「農家が継続していけるコスト」を理解してくださることが必要です。 それを、私たちは、お米買取の「提携三原則」と呼んでいます。

1 全量を買い取ること。

2 即金現金支払い。

3 再生産可能な価格。 

この「提携」を行なっている「OKUTA」という会社は、社員の食を守り、有機農家を支援し、地域の環境を保全する、ということで、社員の子供たちへの環境教育や第二の故郷としても、下里地区に集ってくれています。

金子さんが案内する霜里農場の農的交流の様子。不定期だが、見学会を開催している。

おじゃぴーーー金子さんたちの50 年の実践から考えて、有機農業で農家が生計を立てて、日本 が自給可能な国になることは可能だと思いますか?

金子ーー当所・霜里農場では、2ha あたり 10 軒と「提携」していますが、換算すると 5 人家族1軒あたり 20a。一人あたり 4a で自給可能です。2011年のデータでは、日本の農地面積は 345 万 ha ありますから、有機農業で1億 1400 万人分の自給が可能という数字になります。

同時に、有機農業では化学肥料の代わりに自ら土をつくる。農薬も使わないあらゆる工夫をする、市場にも出荷しないで、顔の見える関係を大事にする等、依存しない農業だから、自立が可能とも言えます。

(上図は「霜里農場 金子さんと地域づくり』より転載。データは2011年)

Rikuーー霜里農場は、食の自給だけでなく、エネルギーの自給でも、世界的な注目を集めていますね。

金子――食の自給の目処が立ったら、エネルギーの自給をしようと考えていました。家畜の糞尿や生ゴミなとの有機物をバイオマス施設で嫌気性発酵させて、液肥とメタンガスを生成して活用しています。また、豆腐屋さんや地域のレストランから出る廃食油を使った SVO (ストレート・ベジタル・オイル)で、トラクターやワゴン車を走らせています。さらに、据え置き型の SVO インバーター発電機で廃棄食油を使って、農場の電力をまかなうことができます。

ストレート・ベジタル・オイル(SVO)を使用しているディーゼル車。
住宅用、揚水用、放牧電気柵用、温水器用、畑の灌漑用と用途別に設置されるソーラーパネル。

ソーラー発電は、住宅用、揚水用、放牧電気柵用、温水器用、畑の灌漑用、と用途を分けて設置していますし、間伐材や家屋の廃材を利活用したウッドボイラーで、母屋の床暖房やお風呂、台所の温水に活用しています。

間伐材や家屋の廃材を燃やすウッドボイラ ーで母屋の床暖房や風呂、台所の温水に活用している。

Riku――本当に「循環型農場」なんですね! 他にはどんなことを考えていらっしゃるんでしょうか?

金子――やはり、「有機農業を中心とした町おこし」が大学時代からのテーマだ ったので、地元の方たちといろんな展開をやっています。晴雲酒造のお酒と地元産の有機野菜を食べられる食事処・ギャラリー「玉井屋」、小川町の有機野菜が主役の日替わりシェフレストラン『べりカフェ つばさ・游」の店頭では、農家の写真付きで有機農産物を販売しています。また、ショッピングセンター「ヤオコー」も店頭の目立つところで有機野菜を置いてくれています。

また、4年前から、「Ogawa Organic Fes実行委員会」が、毎年9月に環境保全のシンポジウムと野外ライブのイベント「Ogawa Organic Fes」を開催しています。『NPO法人つばさ游』の高橋優子さんと東京でオーガニックの普及活動をしている『The Organic』の小原壮太郎さん、音楽プロデューサーの四角大輔さんか発起人になって、市民のボランティアで運営される「Ogawa Organic Fes」は、家族で参加できて、小川町のオーガニックが食べられるイベントです。

音楽プロデューサー、四角大輔さんの協力により、多くのアーティストがライブを行う。
2019年の「Ogawa Organic Fes」のシンポジウムでは、森と里と川と海をつないで、環境を保全する取り組みを紹介。

Riku――僕は、埼玉に実家があって、「Ogawa Organic Fes」のことは聞いたことはありましたが、まだ行けてない・・・。来年楽しみにしてます! ほかには、今、どんなことを進めているんですか?

金子――地域の人たちが主体の『美郷刈援隊』と『NPO生活工房 つばさ・游』が中心となって、地域全体で「下里里山保全百年ビジョン」というプロジェクトを進めています。里山を保全 することで美しい田園風景を維持し、安全で栄養豊富な水と空気を確保し、「山 ―川―田んぼ」を結んで、有機農業の実践による「食」と「エネルギー」の自給 循環型社会モデルを作ろうというプロジェクトです。 誰もが住みたくなるような里山を作って、心に安らぎを与え、さまざまな価値を 生み出し、暮らしを豊かにする。災害に強く、美しい里山(自然)と人々が共生 するシステム作りです。バイオダイバーシティ(生物多様性)、サステイナビリ ティ(持続性)、スタビリティ(安定性)を兼ね備えた、関わる人すべてが幸せ になるような「小利大安」なコミュニティを目指しています。

おじゃぴーーー本当に「未来の農場」ですね!  最後に、金子さんが目指す「有機の里」のビジョンは?

金子ーーあくまでも地に根を踏まえて、食・エネルギー自給・循環型の「有機の里」づくりです。そして、小動物や微生物が充満した豊穣な大地に足跡を残せるような生き方をしたいと、常に思います。

Riku&おじゃぴーーー本当に貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

付録 小川町のオーガニックなお店ガイド

「べりカフェ つばさ・游」 

「NPO法人 つばさ・游」の高橋優子さんが運営する、小川町産の有機野菜が食べられる「べりカフェ つばさ・游」。店頭では、有機野菜を販売している。https://blog.goo.ne.jp/seikatukoubou_1953

有機野菜食堂「わらしべ」

オーガニックに魅力を感じて小川町に移住してきた山下夫妻が始めた「有機野菜食堂 わらしべ」。2019年1月に明治時代に建てられた養蚕伝習所「玉成舎」をリノベーションして、リニューアル・オープンした店内では、地元産のオーガニック食材も購入できる。http://gyokuseisha.jp

「武蔵ワイナリー」

「わらしべ」の2階にある「武蔵ワイナリー」の直売所。カウンターでは、小川町の有機葡萄で醸造したオーガニックワインを角打ち(立ち飲み)でき、購入できる。https://musashiwinery.com

「ぶんぶん堂」

「わらしべ」の2階にある雑貨の店「ぶんぶん堂」には、所狭しとハンドクラフトのインドネシア雑貨が飾ってある。手作りの置きものは表情がひとつひとつ違ってかわいい。今は懐かしい日本のおもちゃも販売していて、若い人たちに人気。twitter https://twitter.com/bunbundo3

「麦雑穀工房 マイクロブルワリー」

小川町駅からもほど近い「麦雑穀工房マイクロブルワリー」は、1階の発酵タンクで醸したビールを2階のカウンターで飲むことができる。金子さんたち小川町の有機農家が栽培した大麦のモルトをベースに、自家栽培の雑穀で醸した「雑穀ヴァイツェン」ほか、小川町のベリー類やスパイスやハーブを使ったオリジナルビールが楽しめる。持ち帰れる瓶ビールも発売予定。https://www.craft-beer.net

「分校カフェ MOTZART」

霜里農場の隣、旧下里分校をリノベーションした「分校カフェMOZART」のテラスからは、旧下里小学校のグランドが広がり、のんびりお茶を楽しむことができます。http://mozart.shimozato.jp



取材/ Riku&おじゃぴー

構成 / おじゃぴー

写真撮影・取材協力 / 森本和美

資料・写真提供 / 高橋優子(NPO生活工房つばさ・游)

<関連リンク>

霜里農場 http://www.shimosato-farm.com

共生と循環を可能にする 有機農業は地域の力だ(農水省のリンク)

http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1005/spe1_03.html

OKUTAこめまめプロジェクト

https://www.env.go.jp/policy/kihon_keikaku/goodlifeaward/report/201703_09/

しもざと有機野菜塾 

http://shimozato.jp/jyuku/index.html

<参考資料>

『霜里農場 金子さんと地域づくりー実践40年の現場からー』は、「NPO生活工房つばさ・游」へお申し込みいただけば、購入可能です。NPO生活工房つばさ・游」は、http://tubasa-u.com

お礼制自給プロジェクトについては、折戸えとなさんが金子さんの思想をまとめた書籍「贈与と共生の経済倫理学――ポランニーで読み解く金子美登の実践と「お礼制」」は、版元ドットコムより購入できます。https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784909753014

尾崎靖(オジャッピー)

尾崎靖(オジャッピー)

エディトリアル・ディレクター。小学館在職中に雑誌『美味サライ』『旅サライ』を創刊。『アートオブシンプルフード』、『鮨 すきやばし次郎』などの書籍や、高砂淳二氏はじめ多くの自然写真家のビジュアルブックを編集。現在は、書籍などの編集のほか、写真編集講座の講師、食と健康に関するウェブサイトのキュレーションも行う。もっと詳しく

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