
知られざる「魚」の過去と未来|SPIRAL BOOK REVIEW
自然に生息する「天然サーモン」はマイノリティだってこと、知ってた?

清水 イアン
あなたは「サーモン」と聞くと何を想像しますか?
遠くにそびえ立つ山々。広大な大地を切り裂く川。腹を空かせた熊。その鋭い爪を避けながら、母川を目指し逆流を駆け上がるサーモンの群生。遠い海から始まる何千キロにも及ぶ過酷すぎる里帰り。幾度の試練をくぐり抜けた少数の精鋭は、後世にDNAを引き継ぐと、力尽き死んでいく・・・
僕はそんなダイナミックで切ない産卵の物語を思い描きます。
しかしイメージとは裏腹に、遡上(そじょう)(*1) を経験するサーモンは今やマイノリティです。なぜなら、地球に生きるサーモンの大半が、川も山も大海原も知らない「養殖魚」だからです。今や市場の70%以上を占める養殖サーモンの物語は、いけすで始まり、あなたのお皿の上で終わります。
驚くことに、養殖サーモンは70年代までこの世にほぼ存在しませんでした。 1971年に、養殖で成功し一躍お金持ちになった隣町の Grontvedt (読めない)兄弟に憧れた Trygve Djedrem(こっちも読めない) が、アメリカの品種改良技術を用いて養殖用サーモン「Salmo Domesticus」をノルウェーで開発し、サーモンの歴史は永久に変わります。
地球中の生息地から異なるDNAを持ったサーモンを集め、交配に交配を重ね生み出されたこのスーパーハイブリッドの成長速度はなんと天然サーモンの2倍。Salmo Domesticus の養殖は瞬く間に世界に広まり、開発からたったの30年で生産はゼロから3000万トンに急増します。ほぼ確実に、あなたが寿司屋で口にしたトロサーモンの正体は Salmo Domesticus か、その近い親戚です。
養殖サーモンの生産が爆発的に増えた一方で、天然サーモンには何が起きていたのか?
近代化とともに押し寄せたダム開発や森林伐採、河川の汚染の波は、サーモンから住処と産卵場を奪っていきます。同時期に、人々はサーモンの味に目覚め、世界のサーモン需要は宇宙をめがけて飛び立ちます。そしてサーモンにお腹を空かせた人々を満たそうと、無尽蔵に見えた天然サーモンを漁師たちは海から川から大量に引き揚げます。
野生的で力強い見かけによらず、サーモンは繊細な生き物です。消えゆく生息地と飛躍する食欲に自然の順応と再生は追いつけず、世界中の河川から天然サーモンは姿を消します。需要と供給の間にポッカリと空いた穴を満たす形で、養殖産業は急成長を遂げていくわけですが、「おいしい」話には必ず裏があるものです。
5000万年もの間サーモンを育んできた「自然のエコシステム」を代替するように、突如世界中に姿を現した「養殖場」という「人口エコシステム」はまだまだ不完全であり、様々な課題があります。
たとえば、養殖サーモンを育てるために天然の小魚が大量に捕獲されていること、養殖サーモンには寄生虫がつきやすいこと、スーパーハイブリッドの養殖サーモンが自然界に逃げ出していること、など。こういった問題の解決を目指し、エコシステムに配慮した養殖が実験されていますが、全体のごく一部にしか過ぎません。養殖サーモンは、まだまだ「サステナブル」とはいえないということです。
お皿の上をあの輝かしいピンクが彩ることが増えた一方で、その肉体に命が宿る姿を自然界で見ることは激減しました。サーモンの近代史は、矛盾の物語です。
今度サーモンをスーパーで見たとき、あなたは何を想像しますか?
他の魚には果たしてどんな「物語」があるのでしょうか?
「食」はあなたと地球の「繋がり」そのものです。
FOUR FISH: The Future of the Last Wild Food
魚の未来についてもっと詳しく知りたい方は、今回の記事のインスピレーションになったポール・グリーンバーグ著書の「Four Fish」がオススメです。
Four Fish とは、New York Times ベストセラーであり、New York Times Book Review 2010 のベストセレクションにも選ばれている人気作品です。著者である Paul Greenberg は15歳の時に「魚」をテーマに寄稿を始めた根っからの魚好き。The Four Fish は、Salmon = 鮭(サケ)、Tuna = 鮪(マグロ)、Bass = 鱸(スズキ)、Cod = 鱈(タラ)の「マイクロヒストリー」、つまり「小さい歴史」の解説を通して「魚の過去と未来」に関して考えるきっかけを与えてくれます。
採点してみた!
しっかりリとサーチされてる度合い:5 / 5
へ〜!とどれだけ思ったかポイント:4 / 5
読みやすさ:4 / 5
エンタメ性:4 / 5
友達におすすめするか?ポイント:3 / 5
総合ポイント:4 / 5
日本でも世界でも「ペスカテリアン」= 「肉は食べないけど、野菜&魚を食べる人」が増えていますが、「魚に何が起きてるの?」という肝心なところが無視されていると思ったので、Four Fish を読みました。僕みたいに、もともと魚に興味がある人は目からウロコ!な情報がたくさんあると思いますが、全く興味が無い人からしたら退屈かもしれないです。でも世界で二番目に魚介類の消費量が多い日本の人々こそ「魚」について知るべきだと思うので、この本をきっかけに魚の世界にダイブ・インする人が増えるといいな、と思います。
Amazon(日本語訳)
Amazon(英語)

清水 イアン
1992年大阪生まれ東京育ち。心のふるさとは沖縄の海。国際環境NGO 350.org Japanを経て、現在はフリーで環境に関する記事の執筆、講演、コンサルをしている。環境に関する「会話」が日常化していない状況を変えたく、仲間と新たな発信の拠点「Spiral Club」を立ち上げる。もっと詳しく


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